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by dirrrrre
 初出場ながら、アルゼンチン、オランダ、セルビア・モンテネグロと同居する“死のグループ”に入ったコートジボワール。今大会のアフリカ勢で最も前評判の高いチームが決勝ラウンドに駒を進めるには、ディディエ・ドログバの活躍が不可欠だ。

 1998-1999シーズン、フランスリーグ2部(当時)のルマンでトップチームデビューを果たしたドログバは、瞬く間にスターへの階段を上っていった。フィジカルの激しいリーグで経験を積んだFWはギャンガン、マルセイユとステップアップを果たす。2003-2004シーズンには18ゴールを挙げフランスリーグ最優秀選手に輝くと、ジョセ・モウリーニョ率いるチェルシーへ引き抜かれた。移籍金は、クラブ史上最高額(当時)の約50億円だった。
 モウリーニョにFWのファーストチョイスとして起用されるなど、ドログバはプレミアシップでも才能をいかんなく発揮していく。DFを弾き飛ばす強靭(きょうじん)なフィジカル、巧みな状況判断、パワフルなシュート。フランスリーグでの実績を考えると得点数こそ物足りないものの、前線で確実にボールをキープできるストライカーは、チェルシーでも欠かせない戦力となった。

 ワールドカップ予選は最前線で奮闘し、チームにワールドカップへの出場権をもたらした。10試合中9試合に出場し、チームトップの9ゴールをマーク。だが、2006年アフリカ・ネーションズカップ決勝のエジプト戦では苦渋を飲まされる。PK戦で最初のキッカーを務めたが痛恨のミスを犯し、チームは準優勝に終わった。自身の失敗でタイトルを逃しただけに、キャプテンはワールドカップでの雪辱に燃えているに違いない。

 コートジボワールの基本戦術は、守備をがっちりと固め、そこからのカウンターアタック。ドログバが前線でボールをキープし、チームメイトをうまく使いこなせれば、コートジボワールが試合のペースを握る。逆に、ドログバが簡単にボールを奪われるようだと、コートジボワールはグループリーグで姿を消すことになるだろう。
 対戦国のマークがドログバに集まるのは、目に見えている。そんな中、世界でも有数のフィジカルを誇るドログバは、強敵のマークをいかに振り切るのか。コートジボワールの命運は、ドログバが握っている。
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# by dirrrrre | 2006-05-29 19:58
 底知れぬ豊富な運動量。左右両足から繰り出される正確なキックと高精度のミドルシュート。中盤ならどのポジションでもこなし、攻守ともに抜群の存在感を発揮する、セルビア・モンテネグロのキャプテン―――デヤン・スタンコヴィッチ。ドラガン・ストイコヴィッチ引退後の背番号10である。

 レッドスター在籍時には16歳でチャンピオンズリーグ出場を経験。「早熟の天才」と呼ばれた少年はラツィオ、インテルといったビッグクラブで経験を積み、いつしか国を代表するフットボーラーになった。
 ワールドカップデビューは1998年のフランス大会。19歳の若さで3試合に出場した。しかし、ユーゴスラビア代表として臨んだ最後のワールドカップ予選、2002年日韓大会は欧州予選で敗退してしまう。
 リベンジを果たすべく臨んだドイツワールドカップ欧州予選では、ベルギー、スペインの強豪と同じ組になりながらも、6勝4分けの成績で1位突破を決めた。失点はアウェイのスペイン戦で喫した1点だけという、盤石の戦いぶりである。
 スタンコヴィッチは4-4-2のセントラルMFとして10試合中9試合に出場。欠場した1試合は故障によるもので、ケガさえなければフル出場を遂げて当然の戦力だった。

 今年6月、セルビア・モンテネグロがドイツの地で戦うのは、アルゼンチン、オランダ、コートジボワール。厳しいグループに入ったが、スタンコヴィッチはなんら気にしてはいない。むしろ、対戦を楽しみにしている。なかでも、サネッティ、カンビアッソ、サムエルなどインテルのチームメイトが多いアルゼンチン戦は、特別な感情を持って挑むことになるだろう。スタンコヴィッチは「もちろん、監督に彼らの特徴を教えるつもりだ」と話し、チームメイトとの対戦を歓迎している。
 グループCはアルゼンチン、オランダの勝ち抜けで堅いというのがおおかたの予想である。そんななか、もし番狂わせが起きたなら、その中心にいるのはこの男であることは間違いない。
 ドイツワールドカップは旧ユーゴ時代から数えて2大会ぶり、セルビア・モンテネグロと名前を変えてから初めてのワールドカップになる。国として名をあげるため、スタンコヴィッチの熱きチャレンジが始まる。
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# by dirrrrre | 2006-05-29 19:57
 “マラドーナ2世”と期待されたアルゼンチン人プレーヤーはかつて何人もいたが、誰もマラドーナにはなれなかった。だが、リオネル・メッシなら――。若干18歳のアタッカーは、それ程までに高い能力を誇っている。

 13歳のころ、メッシは身長が143cmしかなかった。幼少のときに、成長障害疾患を患ったためである。成長ホルモンを注射するため、毎月約900ドルの治療費がかかった。決して裕福ではなかった一家は治療費の捻出(ねんしゅつ)に苦しみ、スペイン移住を決意する。そして、メッシのプレーに心を奪われたバルセロナが治療費の負担を申し出て、入団に至った。
 自ら足に注射を打ち続け、169cmまで身長を伸ばしたメッシはめきめきと頭角を現していく。2004-2005シーズンには、チーム歴代3位の17歳3か月でトップチームにデビュー。同シーズンにはチームのリーグ最年少得点記録を打ち立て、チャンピオンズリーグ初出場も果たした。

 アルゼンチン代表のエースとして出場した2005年ワールドユースでは、世界中の度肝を抜いた。巧みな戦術眼、正確かつパワーのあるシュート、タテに一瞬で抜けるスピード、相手をあざ笑うかのようなテクニック。生粋のゴールハンターであるメッシは6ゴールを奪い、アルゼンチンの5度目の優勝に大きく貢献。大会MVPに輝いた。
 2005年8月には、途中出場ながらフル代表にデビュー。若手選手を積極的に起用するホセ・ペケルマン監督はその後もチャンスを与え、先発した3月のクロアチア戦ではフル代表初ゴールを記録。レギュラー定着に向け、これ以上ないアピールとなった。
 クラブレベルでも、2005年9月にスペイン市民権を獲得すると、出番は激増していく。ついにはフランス代表のルドヴィク・ジュリー、スウェーデン代表のヘンリク・ラーションら錚々(そうそう)たる選手をベンチに追いやり、レギュラーの座を奪ってみせた。

 「メッシはロナウジーニョと並んで世界最高の選手。私によく似ている」
 母国の英雄ディエゴ・マラドーナに、ここまで言わしめたメッシ。バルセロナの世界一攻撃的で魅力的なサッカーの一翼を担うアタッカーは、初めてのワールドカップで再び世界中を震撼(しんかん)させるに違いない。
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# by dirrrrre | 2006-05-29 19:55
 192cm、84kg。アスリートとして申し分のない体躯(たいく)を持ち、広大なピッチを我が物顔で駆け回る。グラウンドに立つ誰よりも大柄だが、誰よりも足元のコントロールは柔らかい。ズラタン・イブラヒモヴィッチはすべてにおいて規格外である。

 彼の化け物ぶりが広く知れ渡ったのが、EURO(欧州選手権)2004のイタリア戦だった。

 宙に浮いたボールに対し、背を向けて、反転しながら踵(かかと)でゴールに押し込んだのだ。ブッフォン、カンナヴァーロなどの世界的名手を無力化するアイデアと実現するテクニック。そして、実際にやってのける大胆さ。小さいころからやんちゃ坊主で知られ、年齢を重ねても丸くなる気配はない。スウェーデンリーグのマルメで、オランダのアヤックスで、イタリアのユヴェントスで、監督は彼の素行に苦い顔をしながらも、笑顔でピッチに送り出した。ズラタンにはそれだけの力があった。

 彼がピッチに入るだけで、チームはがらりと変わる。スウェーデン代表ではラーションと2トップを組むが、しばし彼はひとりですべてをやってのける。ルーズボールを自分のものにし、追いすがるDFには長い両腕を広げてブロック。左右どちらの足にも大砲を秘めていて、強烈なショットをゴールに突き刺す。もちろん、それだけではない。味方を生かすプレーも高いレベルにある。ポストプレーヤーとしても超一流で、少しばかり味方のパスがずれても長い足で絡め取る。おそらく、浮いたボールを処理する巧みさは世界ナンバーワンだろう。スクリーンアウトをしながら相手の視界をさえぎり、フィフティ・フィフティのボールならかなりの確率でマイボールにすることができるのだ。

 初めて臨んだ2002年の日韓ワールドカップはわずか2試合、32分間の出場に留まった。しかし、2年後のEURO(欧州選手権)2004ではエースの座を獲得、ドイツワールドカップでは大黒柱としてハイパフォーマンスが期待されている。グループBで対戦するイングランド、パラグアイはセンターバックに世界有数のタレントを抱えている。堅守を打ち破るのはズラタンの規格外のプレー以外、考えられない。やんちゃ坊主から英雄へ。今大会、ズラタンが階段を駆け上がる可能性は限りなく高い。
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# by dirrrrre | 2006-05-29 19:53
 カルロス・ガマーラほど、エレガントなセンターバックは珍しい。179cm、85kgとDFとしては小柄なものの、卓越したポジショニングと読みで相手アタッカーをことごとくストップする。35歳になった今でも、パラグアイのDFラインに欠かせない存在である。

 特筆すべきは、プレーのクリーンさだ。ガマーラは1998年フランス大会、2002年日韓大会とワールドカップに2度出場しているが、合計8試合で1枚もイエローカードをもらっていない。フランス大会にいたっては、ファウル数はゼロ。日韓大会も、8度しかファウルを犯さなかった。危険なタックルをすることはなく、冷静なプレーでパラグアイの2大会連続ベスト16進出に多大な貢献を果たした。

 キャプテンシーと統率力も、ガマーラの持ち味である。2004年アテネ五輪には、オーバーエイジ枠で出場。10歳以上年の離れた選手たちを引っ張り、同国にオリンピック史上初のメダル(銀メダル)をもたらした。また、2006年ワールドカップ予選では15試合に出場。5節のブラジル戦、7節のアルゼンチン戦をともにスコアレスドローに持ち込むなど、安定感のあるプレーを披露した。加えて、チーム3位タイの3ゴールをマーク。強固なディフェンスに反し、得点力に課題を残すパラグアイにとって、ガマーラは攻撃面でも不可欠な戦力である。

 クラブレベルでは、国内外の名門を渡り歩いてきた。セロ・ポルテーニョ、インディペンディエンテなどで経験を積み、ポルトガルのベンフィカ、スペインのアトレティコ・マドリード、イタリアのインテルなどを経て、現在はブラジルのパルメイラスに所属。タフなリーグ、歴史のあるビッグクラブでプレーしてきたことは、ガマーラにとって貴重な財産となっている。

 パラグアイがグループリーグで対戦するのは、イングランド、スウェーデン、トリニダード・トバゴ。イングランドにはウェイン・ルーニー、スウェーデンにはズラタン・イブラヒモヴィッチ、トリニダード・トバゴにはドワイト・ヨークと、各国ともに強烈なストライカーを擁している。それだけに楽しみも多いというものだ。果たして、ガマーラは彼らをいかにして封じ込めるのか。35歳のDFが見せる、渋くて、クールで、優雅なプレーから目が離せない。
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# by dirrrrre | 2006-05-29 19:52
 カリブ海に浮かぶ小さな島、トリニダート・トバゴ。人口わずか130万人の小国がワールドカップに出場するとは、誰が予想しただろうか。躍進のキーマンは3人。チームに規律をもたらしたオランダ人のレオ・ベーンハッカー監督と、予選で12得点を挙げたFWスターン・ジョン。そして、“トリニダード・トバゴの英雄”ドワイト・ヨークである。

 ヨークは1999年にマンチェスター・Uが三冠を達成したときの主力選手で、プレミアリーグ得点王も獲得した実力者だ。10代でイングランドに渡り、アストンヴィラをはじめ、マンチェスター・U、ブラックバーン、バーミンガムに在籍。サッカーの母国では15年間にわたってプレーした。トリニダード・トバゴ史上、最も国際的に成功したサッカー選手である。その人気はすさまじく、国内には名前を冠した「ドワイト・ヨーク・スタジアム」が建つほど。現在はオーストラリアのシドニーFCに所属しており、三浦知良(カズ)とともに世界クラブ選手権で来日した姿は記憶に新しい。

 今年で35歳を迎えるカリブのカリスマは衰えることを知らず、2005年2月の代表復帰後、プレーオフを含む予選12試合すべてに先発出場を果たしている。バーレーンとのプレーオフ第2戦ではセットプレーから先制ゴールをアシストし、母国をワールドカップ出場に導く決定的な仕事をやってのけた。

 肉体的には全盛期ほどのハリはなくなったが、そのぶん、味方を生かすプレーはすごみを増した。イングランド時代は絶対的なストライカーとして君臨していたが、今では状況に応じてトップ下でプレーする柔軟さも持ち合わせている。自分にマークを引き付けておいて、スターン・ジョンを生かすコンビプレーはチームのストロングポイントだ。

 1998年のプロリーグ発足以来、トリニダード・トバゴは着実に力を付けてきた。とはいえ、国際舞台の経験不足は明らかだ。頼れるのはヨークしかいない。カリブの小国が躍進を遂げられるかは、ベテランの両足にかかっている。国民の期待を一身に受け、ヨークが一世一代の大勝負へ挑む。
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# by dirrrrre | 2006-05-29 19:52
 ベテランのような顔付きをしているが、まだ20歳。ずいぶんと長くフットボールシーンの主役を務めているようで、彼がプロのピッチに登場してから4年しかたっていない。
 小型戦車のような頑強な肉体を持ち、ゴールへと突進する血気盛んな若者―――ウェイン・ルーニーはサッカーの母国を40年ぶりのワールドカップ優勝に導く活躍が期待されている。

 代表デビューは鮮烈だった。イングランド代表史上、最年少試合出場(17歳111日)、最年少得点記録(17歳317日)を保持。2004年6月に開かれた自身初となるビッグ・コンペティション、EURO(欧州選手権)2004では存分に暴れまわった。丸太のような太ももから繰り出される強烈なシュートを武器に、グループリーグのスイス戦、クロアチア戦と2試合連続2ゴールを挙げる活躍を見せた。
 準々決勝で地元のポルトガルに敗れたが、ルーニーはその試合で足を骨折し、前半でピッチから姿を消した。ルーニーが退くまで、ペースは圧倒的にイングランドが握っていた。「ウェインがいれば……」とは多くのイングランドサポーターの思いだ。
 当時はわずか18歳。ハイスクールを卒業する年齢の小僧っ子がイングランドの命運を握っていたのである。

 あれから2年。ドイツワールドカップを20歳で迎えるルーニーにとって、今回は空前のチャンスだ。チームメイトにはベッカム、ジェラード、ランパード、テリーなど、人気と実力を兼ね備えた先輩がそろっている。タレントの質で見れば、チーム力はイングランド代表史上最高である。
 ワールドカップ予選では7試合に出場して1ゴールも挙げられなかったが、果敢なミドルシュート(それもとびきりパンチの効いたものだ!)は相変わらずで、トップ下でもプレーできる起用さをエリクソン監督に証明した。オーウェンとのコンビは一時、機能しているとは言いがたかったが、それもルーニーが下がり目に位置することで円滑になった。
 ルックスは武骨だが、ボールさばきはエレガントで小気味よい。この、ふてぶてしさと繊細さを兼ね備えた若者が爆発すれば、40年ぶりの戴冠(たいかん)も見えてくる。
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# by dirrrrre | 2006-05-29 19:51
 2大会連続2度目の出場を果たしたエクアドル。前回大会はグループリーグ敗退に終わったが、今予選はブラジル、アルゼンチンに次ぐ南米地区3位で本大会出場を決めるなど、決勝トーナメント進出をねらえるだけの実力がある。そんなチームを長年に渡ってリードしているのが、エースストライカーのアグスティン・デルガドだ。

 デルガドは当たり負けしないフィジカルを誇り、強烈なヘディングが武器。187cmのFWは、同時に確かな決定力を併せ持つ。2002年ワールドカップ南米予選では、ブラジルのロナウド、アルゼンチンのガブリエル・バティストゥータなど並み居るストライカーを抑え、エルナン・クレスポ(アルゼンチン)とともに同地区の得点王に輝く(9点)。2006年ワールドカップ予選ではエディソン・メンデスと並び、チーム最多の5得点をマークした。

 エクアドルのエースストライカーはその巨躯(きょく)を生かし、前線での空中戦、ポストプレーに秀でている。確かなシュート力も誇り、対戦相手にとっては最も気を付けなければならないひとりである。

 国内組が多勢を占めるエクアドルにあって豊かな国際経験を持っていることも心強い。ネカサ(メキシコ)時代の2000年世界クラブ選手権ではマンチェスター・U、レアル・マドリードを相手にゴールを奪った。2001年にはサウザンプトンと契約し、エクアドル人として初のプレミアリーグデビュー。現在はエクアドルのバルセロナ・グアヤキルでプレーしている。

 初出場の前回大会で1勝を挙げたエクアドルにとって、今回の目標はグループリーグ突破。グループの力関係を見るとドイツの実力が抜けているものの、ポーランド、コスタリカとは互角だ。4年前はメキシコ戦の1得点のみに終わったデルガドが真価を発揮すれば、エクアドルの決勝トーナメント進出は現実味を帯びてくる。
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# by dirrrrre | 2006-05-29 19:50
 ポーランド代表のエースストライカーとして君臨するマチエイ・ズラウスキは、“マジック”の愛称で親しまれている。2005年夏、ポーランドのヴィスラ・クラコフからスコットランドのセルティックに入団。2005-2006シーズン序盤からレギュラーの座をつかみ、確かなテクニックと抜群の得点力でセルティックファンを虜(とりこ)にした。
 ワールドカップドイツ大会予選では、高い決定力を見せ付けた。10試合すべてに出場し、ヨーロッパ5位タイの7得点をマーク。2004年10月13日のウェールズ戦では逆転弾、2005年3月30日の北アイルランド戦では86分に決勝点を奪うなどの活躍を披露し、ポーランドに2大会連続7度目のワールドカップ出場をもたらした。

 ズラウスキは180cm、74kgと、FWとしては小柄の部類だ。特に足が速いわけでもない。それにもかかわらず、ポーランド代表でもセルティックでもコンスタントに得点を積み重ねている理由は、ポジショニングが優れているからである。
 セルティックでともにプレーする中村俊輔が「“マジック”は裏に抜けられるから」と信頼を置くように、ズラウスキはオフ・ザ・ボールの動きが秀でている。攻撃的MFがボールを持つと、ディフェンスのマークをかいくぐり、フリーでボールを受ける。サイドに流れてパスをもらい、そこから中央に切れ込むパターンも得意だ。日本代表の柳沢敦のようなタイプで、抜群の得点嗅覚(きゅうかく)を誇っている。

 ワールドカップ日韓大会ではグループリーグ3試合ともに先発したが、1度もゴールネットを揺らすことはできなかった。だが、エースとして臨むドイツの地で、同じ失敗は許されない。
 右足、左足、頭と多彩な得点パターンを誇るストライカー。安定感と爆発力を兼ね備え、予測しづらい動きでDFを幻惑し、ファンに歓喜をもたらす。29歳になり、プレーの幅を広げた“マジック”ズラウスキ。ポーランドの頼れるFWは、ドイツでどんな魔法をかけるのか。
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# by dirrrrre | 2006-05-29 19:49
 ハンターのような嗅覚(きゅうかく)と動物的な勘を併せ持ち、どんな体勢からでもゴールをねらうストライカー。“コスタリカ史上最高の点取り屋”と呼ばれているのが、パウロ・ワンチョペである。2005年10月には、コスタリカ代表の最多得点記録(43得点)を塗り替え、エースと呼ぶにふさわしい存在感を示している。

 ドイツワールドカップ予選では8試合で3得点をマーク。驚異的な身体能力からなるプレーは円熟味を増している。コスタリカにはデポルティーボ・サプリサのサボリオやセンテーノなど、生きのいいアタッカーがそろっているが、経験、安定感でワンチョペをしのぐものは見当たらない。

 エレディアノという小さなクラブでキャリアの第一歩を記したワンチョペだったが、最初から順調な道のりを歩んできたわけではない。ステップアップを目指し、いくつかのクラブのテストを受けるも、芳しい結果は得られず。サッカーをあきらめて、バスケットの道に進もうと考えたほどだった。しかし、腐らずに1年半プレーした結果、プレミアリーグのダービー・カウンティに移籍を果たす。これがキャリアの分岐点になった。開幕戦でマンチェスター・U(ウェイン・ルーニー)を相手にゴールを決めたのである。

 ダービーで3シーズンプレーしたあと、350万ポンド(当時:約5億7000万円)の移籍金でウェストハムに加入。キャリアのピークを刻むとともに、マンチェスター・C、マラガでプレーし、コスタリカ人としては異例のサクセスストーリーを歩んで行く。

 以降、カタールのアル・ガラファを経て、現在は古巣のエレディアノに在籍している。この移籍はキャリアの幕引きを考えてのものと言っていいだろう。ワンチョペはドイツワールドカップ後の代表引退を発表しているのだ。コスタリカが生んだ偉大なゴールハンターが代表のユニフォームを着るのは、今回が最後である。

 ワールドカップには日韓大会に続いて2度目の出場になる。前回はブラジル、トルコの強豪と同じ組に入り、予選リーグ突破はならなかった。今回はドイツ、ポーランド、エクアドルとの対戦が待っているが、恐れるに足らずである。コスタリカの野望は、1990年イタリア大会以来のベスト16進出にほかならない。自らの花道を飾るため、ワンチョペのファイナル・バトルが始まる。
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# by dirrrrre | 2006-05-29 19:48