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by dirrrrre

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だってファンなんですもん!!

みなさん何人ごぞんじかな?全員をご存知ならかなりマニアック!!

ランドン・ドノヴァン (アメリカ / MF )
ルカ・トーニ (イタリア / FW )
デコ (ポルトガル / MF )
アリ・カリミ (イラン / MF )
アクワ (アンゴラ / FW )
ハレ・ボルヘッティ (メキシコ / FW )
アルヤン・ロッベン (オランダ / FW )
ディディエ・ドログバ (コートジボワール / FW )
デヤン・スタンコヴィッチ (セルビア・モンテネグロ / MF)
リオネル・メッシ (アルゼンチン / FW )
ズラタン・イブラヒモヴィッチ (スウェーデン / FW )
カルロス・ガマーラ (パラグアイ / DF )
ドワイト・ヨーク (トリニダード・トバゴ / FW )
ウェイン・ルーニー (イングランド / FW)
アグスティン・デルガド (エクアドル / FW)
マチエイ・ズラウスキ (ポーランド / FW )
パウロ・ワンチョペ (コスタリカ / FW )
ミヒャエル・バラック(ドイツ / MF)
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by dirrrrre | 2006-05-29 20:09
 “サッカー不毛の地”と言われてきたアメリカだが、今やFIFAランキングでは一けた台の常連になるなど、強豪国のひとつになった。サッカー協会の選手育成プロジェクトが実を結び、次々と好選手を輩出している。PSVのダマルカス・ビーズリー、マンチェスター・Cのクラウディオ・レイナ、ボルシアMGのケイシー・ケラー。しかし、最高傑作を挙げるとすれば、攻撃的MFのランドン・ドノヴァンしかいない。

 高校時代から注目を集めていたドノヴァンは、1999年U-17世界選手権で実力を知らしめる。3ゴールを奪いチームを4位へ導き、最優秀選手を受賞。その後、2000年シドニー五輪ではベスト4、2001年ワールドユースでは準優勝に輝いた。

 2000年にフル代表デビューを果たし、2002年からレギュラーに定着。同年のワールドカップ日韓大会では、5試合で2ゴールを奪った。持ち前のスピードとテクニックに裏打ちされたドリブル、正確なパスを披露し、ベスト8進出に大きく貢献した。

 現在24歳。北中米カリブ海予選の16試合(全18試合)に先発して7ゴールをマークしたドノヴァンは、2006年ワールドカップに並々ならぬ決意を持っている。それもそのはず。このアタッカーには、ドイツとの深い“因縁”があるからだ。

 1999年、当時16歳のドノヴァンはドイツのレヴァークーゼンと4年契約を結ぶ。大きな期待を寄せられたが、ホームシックに陥った彼はほとんど出場機会を得られず、わずか1年でアメリカに帰国。初の欧州リーグ挑戦で、サッカー人生最大の屈辱を味わった。

 2002年ワールドカップでは、準々決勝でドイツと対戦。アメリカはポゼッションでは上回ったものの、ミヒャエル・バラックのゴールにより0対1で敗れた。

 「ドノヴァンは、本物の選手になるという願望が再び燃え上がっている」(ブルース・アリーナ監督)

 成長した自分の姿をドイツで見せ付け、再びヨーロッパのトップリーグに挑戦する。アメリカの頼れるスピードスターは、ワールドカップをステップアップにつなげるつもりだ。
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by dirrrrre | 2006-05-29 20:03
 数年前、誰がこの男の台頭を予想しただろうか。ルカ・トーニ。27歳で代表デビューを果たし、エースに上り詰めた遅咲きのアタッカンテ(FW)である。
 ドイツワールドカップ欧州予選には8試合に出場し、4得点を記録。ベラルーシ戦ではハットトリックを挙げる活躍を見せ、それを機にスタメンの座を獲得した。ジラルディーノとのコンビはリッピ監督のファーストチョイスになっている。

 トーニの特徴は194cm、89kgとレスラー顔負けの屈強な体。だが、見た目とは裏腹に足元の技術が高く、プレーエリアは幅広い。ポストプレー、チャンスメイク、ゴールゲットをこなす万能型FWだ。
 多様なスタイルはチーム遍歴とともに身に付けたものである。セリエC1のモデナを皮切りに、エンポリ(セリエB)、フィオレンツォーラ、ロディジャーニ(ともに同C1)、トレヴィーゾ(同B)、ヴィチェンツァ(同A)を経て、2001-2002シーズンはブレッシャ(同A)に所属。ロベルト・バッジョと2トップを組み、13得点を挙げる活躍でブレイクしかけたが、翌シーズンはわずか2点に留まった。

 直後、トーニはひとつの決断をする。セリエBのパレルモへ移籍を志願したのである。“勲章”を手に入れるためにカテゴリーを下げ、セリエAへ復帰するというシナリオを描くと、パレルモでは45試合で30得点の大記録を樹立。チームをセリエA昇格に導き、得点王に輝いた。自ら立てたプランを寸分の狂いもなく実現してみせたのである。
 パレルモでの2年目は20得点をマーク。そして2005-2006シーズン、約13億7000万円の移籍金でフィオレンティーナに引き抜かれると、すぐさま結果を出し、リッピ監督の信頼を揺るぎないものにしている。
 ひたむきに努力を重ね、自らの手で未来を切り開いた男。華々しい道を歩いてきた選手が多いアッズーリのなかで、裏街道を経て表舞台へ登場したトーニの経験は心強い。

 イタリアがワールドカップで上位に進出したときは、有能なストライカーがいた。1982年にはロッシ、1990年はスキラッチ。そして、1994年はバッジョ。
 もし、トーニが彼らのようなメシア(救世主)になりえるならば、アッズーリは黄金のトロフィーを手中に収めることができるだろう。
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by dirrrrre | 2006-05-29 20:01

デコ (ポルトガル / MF )

 本名アンデルソン・ルイス・デ・ソウザ。通称デコ。ブラジル生まれのポルトガル代表。“マジコ(魔法使い)”と称されるテクニックはブラジルで培われたものである。
 左右両足、ときには足裏にまで吸い付くボールタッチは一級品。当たり負けしないフィジカルはもちろん、決定機を瞬時に嗅ぎ取る戦術眼を併せ持つ。控えめな外見とは裏腹に、激しい闘争心も内包している。現代サッカーに必要なすべての要素を備えた無欠の選手、それがデコだ。

 今でこそ代表でも中心選手として活躍しているが、デビューから華々しい道を歩いてきたわけではなかった。
 ブラジルのナシオナル・サンパウロ、コリンチャンス・アラゴアノでプレーしたのち、ポルトガルのベンフィカと契約を結ぶが、すぐさま2部のアルベルサへ放出されてしまう。さらに、翌シーズンはサルゲイロスでプレー。その後、出場機会を求めてポルトに移籍した。そこでモウリーニョ監督と出会い、サクセスストーリーが始まる。以降の活躍は周知のとおりである。
 2003年には現代表監督であり、ブラジルを率いて2002年ワールドカップに優勝したスコラーリの強い勧めでポルトガル国籍を取得。デビュー戦では母国を相手にゴールを決め、37年ぶりのブラジル戦勝利の立役者となった。
 地元開催のEURO(欧州選手権)2004では決勝までの全6試合に出場。ルイ・コスタ引退後には10番を背負い、名実ともに顔になった。トップ下の位置で、マニシェ、コスティーニャのダブルボランチを従え、攻撃をオーガナイズする。両翼のフィーゴ、C・ロナウドを操り、チャンスを作り出したかと思えば、自らゴールも陥れる。激しい守備で相手の攻撃をストップし、フィニッシュをも演出する。ポルトガルの攻撃はデコで始まり、デコで終わると言っても過言ではない。
 タレントが居並ぶチームの泣き所はFW。豪華な中盤とは裏腹に、柱になる選手がいないのだ。
 ポルトガルが上位に進出するためには、デコがオーガナイザーではなく、ゴールゲッターになることが求められている。それが実現できれば、過去最高となる3位以上の成績を収めることも可能になるはずだ。
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by dirrrrre | 2006-05-29 20:01
 長髪をなびかせ、優雅にピッチを駆け回る。テクニシャンがそろうイランにあって、随一の技術を誇るのがアリ・カリミだ。

 パスセンスの高いカリミだが、最も得意なプレーはドリブル。抜群のスピードと軽快なステップで、次々と相手を抜き去っていく。ボディバランスがよく、簡単には倒されない。相手はドリブルを警戒するから、正確なパスも効果を増す。

 高い得点力もまた、カリミの魅力である。アル・アハリ(UAE)時代の2003-2004シーズンには、27ゴールを決めて得点王に輝く。2004年アジアカップでは、同大会最多の5ゴールをマークした。

 2004年には中村俊輔、バーレーンのアーラ・フバイルを抑え、アジア年間最優秀選手を受賞。そして2005年夏、フェリックス・マガト監督に評価され、ドイツのバイエルンに移籍した。屈強のDFがそろうブンデスリーガでも、カリミは持ち前の攻撃センスを存分に発揮。“イランの魔術師”は、その技術がワールドクラスであることを示してみせた。

 カリミは、フットサル大会でのプレーが認められプロ入りするという、異色の経歴を持つ。1998年10月にイラン代表デビューを果たしたが、このときは左サイドバックでの出場だった。ただ、さまざまな経験をしてきたことが、プレーの引き出しの多さにつながっていると言える。現在のイラン代表ではトップ下を務めているが、中盤から前ならどこでもこなすことができる。

 イランがグループリーグで対戦するのは、メキシコ、ポルトガル、アンゴラ。決勝トーナメント進出のライバルとなるメキシコにはジーニャ、ポルトガルにはデコと注目のテクニシャンがそろい、ともに攻撃的なチーム。同タイプのイランだけに、打ち合いになる可能性は高い。となると、イランのキーマンはカリミだろう。トップ下に入る司令塔は、いかなる指揮をとるのか。試合結果はもちろん、“マエストロ”の対決にも注目である。
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by dirrrrre | 2006-05-29 20:00

アクワ (アンゴラ / FW )

 アフリカの新興国アンゴラにおいて、予選8試合5得点と気を吐いたのがエースストライカーのアクワだった。彼の活躍がなければ、アンゴラが表舞台に立つことはなかったかもしれない。なかでも、ナイジェリアとの大一番で挙げた決勝点は重要なものだった。第2節、ホームに迎えたナイジェリア戦で勝ち点3を獲得したことで、続くアウェイゲームを優位に進めることができた。そこでしっかり勝ち点1を奪ったことで、ワールドカップへの道のりが平たんなものとなったのである。アクワは最終戦のルワンダ戦でも決勝点をたたき込み、内戦や貧困など暗いニュースばかりだった国民に希望の光をもたらした。そう、アンゴラ史上初となるワールドカップ出場権獲得である。

 アクワはアンゴラのエースであり、象徴でもある。背番号10、キャプテン。勝負強さと決定力を備えており、強靭(きょうじん)なフィジカルと一瞬にして相手のマークを外すスピードが特徴的なFWだ。

 アマチュア選手も珍しくないアンゴラのなかで、海外のカタールリーグでプレーする経験は無形の財産になっている。アクワに加え、エジプトのアル・アハリでプレーするFWジウベルト、MFフラヴィオが織り成す攻撃的なトライアングルはアンゴラの生命線だ。フォーメーションは4-4-2、4-3-3を使い分けるが、最前線に入るのはアクワ以外に適役はいない。

 キャプテンとして臨む今大会、アクワはアンゴラを、戦争とダイヤモンド以外で世界にアピールできるチャンスだと考えている。さらに、国内リーグ(アマチュア)でプレーする選手たちは、大舞台で自分をアピールし、海外のクラブへ進出しようと大きな野心を持っている。何もかもを手にした欧州や南米の強国とは、ワールドカップに対するモチベーションが比べ物にならないほど高い。グループリーグではポルトガル、メキシコ、イランと同居する厳しい組に入ったが、彼らがアップセットをやってのける可能性は十分にある。もし大物食いが実現したならば、その中心にいるのは背番号10に違いない。
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by dirrrrre | 2006-05-29 19:59
 テンポよくパスを回し、相手を崩していくメキシコ。3大会連続で決勝トーナメントに進出している“北中米の雄”をけん引するのが、“空の支配者”ハレ・ボルヘッティである。

 ボルヘッティは183cm、72kgとFWとしては体格に恵まれているわけではないが、空中で彼を封じ込めるのは至難の業だ。その理由は、類いまれな跳躍力と、優れたポジショニングを誇るから。上半身が強く、ヘディングシュートは破壊力があり、コースをねらい分けることもできる。DF、GKにとっては何とも厄介な相手だ。

 代表デビューを飾ったのは、1997年2月のエクアドル戦。1998年ワールドカップフランス大会ではメンバーから漏れたが、2002年ワールドカップ日韓大会予選でエースストライカーとしての地位を不動のものにする。そして2005年8月、コスタリカ戦で通算36ゴール目を奪い、メキシコ代表最多得点記録を更新した。

 大舞台に強いのも、ボルヘッティの特徴だ。2005年コンフェデレーションズカップでは、4試合で3ゴールをマーク。そのすべてをヘディングで奪い、大会ベストイレブンに選出された。また、2006年ワールドカップドイツ大会予選は14試合に出場し、同地区最多の14得点。予選1戦目から5試合連続ゴールを奪うなど、メキシコに3大会連続13回目の出場権をもたらした。

 2005年夏にはボルトンに移籍し、メキシコ人として初のプレミアリーグ参戦を果たす。だが、ペースの早いサッカーになじめず、ベンチスタートが多かった。それだけに、ワールドカップへの意気込みは並々ならぬものがある。

 メキシコはショートパスをつなぎつつ、前線に預けてから2列目の飛び出しやサイドへの展開で崩していくスタイル。空中戦とポストプレーを得意とするボルヘッティにとって、最も持ち味を発揮できるチームだ。ボルトンで不遇のシーズンを過ごしたメキシコのエースストライカーは、ドイツの地で“真の姿”を見せてくれるはずだ。
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by dirrrrre | 2006-05-29 19:59
 「世界最高のウィンガーは誰か?」
 そう問われたら、多くの人がオランダ代表の左ウィングを挙げるに違いない。
 アルヤン・ロッベン。
 才能あるアタッカーを多数抱えるオランダにおいて、不動の存在だという事実を見れば、彼の実力がいかほどか分かるはずだ。

 ロッベンの名はオランダでは早くからとどろいていた。フローニンゲン在籍時に16歳の若さでデビューを果たすと、2002年にPSVに移籍。12ゴールを挙げ、国内最優秀若手選手賞を受賞した。PSVで数々の経験を積んだのち、2004年にはチェルシーに加入。16試合で7得点をマークし、リーグ制覇の原動力となった。代表デビューは2003年のポルトガル戦。ポジションを確立したのはEURO(欧州選手権)2004だった。
 ロッベンの長所は代表で求められるウィング像にマッチしている。攻撃的な4-3-3システムで求められるのは、何を置いても突破力にほかならない。たとえふたりの敵に囲まれても、ひとりで打開することができなければウィングは務まらないのだ。

 彼の最大の特徴は一瞬にして相手の逆をとり、ボールをちょこんと突いてかわすテクニックにある。また、左サイドから中央に切れ込んで、逆サイドにシュートを沈めるテクニックも持っている。対峙(たいじ)する相手にしてみれば、縦を切ればシュートを打たれ、なかをケアすればタッチライン際を独走される。敵に回すと厄介極まりないが、ファン・バステン監督にとってこれほど心強い選手はいない。
 22歳とチームのなかでは若手の部類に入るが、精神的な強さも備えている。EURO2004準々決勝のPK戦では、居並ぶベテラン選手を差し置いて、6人目、つまりサドンデス1番手のキッカーを任された。そして、プレッシャーを受けながらも、オランダの準決勝進出を決める一撃を冷静に沈めた。チームは続く準決勝で敗れたが、大会を通じてロッベンここにありを広くアピールした。
 満を持して臨むドイツワールドカップではどんなプレーを見せてくれるのか。おそらくそれは、右肩上がりで刻んできたキャリアを象徴するハイパフォーマンスになるだろう。

 オランイェの背番号11から目を離すことなかれ―――。
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by dirrrrre | 2006-05-29 19:58
 初出場ながら、アルゼンチン、オランダ、セルビア・モンテネグロと同居する“死のグループ”に入ったコートジボワール。今大会のアフリカ勢で最も前評判の高いチームが決勝ラウンドに駒を進めるには、ディディエ・ドログバの活躍が不可欠だ。

 1998-1999シーズン、フランスリーグ2部(当時)のルマンでトップチームデビューを果たしたドログバは、瞬く間にスターへの階段を上っていった。フィジカルの激しいリーグで経験を積んだFWはギャンガン、マルセイユとステップアップを果たす。2003-2004シーズンには18ゴールを挙げフランスリーグ最優秀選手に輝くと、ジョセ・モウリーニョ率いるチェルシーへ引き抜かれた。移籍金は、クラブ史上最高額(当時)の約50億円だった。
 モウリーニョにFWのファーストチョイスとして起用されるなど、ドログバはプレミアシップでも才能をいかんなく発揮していく。DFを弾き飛ばす強靭(きょうじん)なフィジカル、巧みな状況判断、パワフルなシュート。フランスリーグでの実績を考えると得点数こそ物足りないものの、前線で確実にボールをキープできるストライカーは、チェルシーでも欠かせない戦力となった。

 ワールドカップ予選は最前線で奮闘し、チームにワールドカップへの出場権をもたらした。10試合中9試合に出場し、チームトップの9ゴールをマーク。だが、2006年アフリカ・ネーションズカップ決勝のエジプト戦では苦渋を飲まされる。PK戦で最初のキッカーを務めたが痛恨のミスを犯し、チームは準優勝に終わった。自身の失敗でタイトルを逃しただけに、キャプテンはワールドカップでの雪辱に燃えているに違いない。

 コートジボワールの基本戦術は、守備をがっちりと固め、そこからのカウンターアタック。ドログバが前線でボールをキープし、チームメイトをうまく使いこなせれば、コートジボワールが試合のペースを握る。逆に、ドログバが簡単にボールを奪われるようだと、コートジボワールはグループリーグで姿を消すことになるだろう。
 対戦国のマークがドログバに集まるのは、目に見えている。そんな中、世界でも有数のフィジカルを誇るドログバは、強敵のマークをいかに振り切るのか。コートジボワールの命運は、ドログバが握っている。
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by dirrrrre | 2006-05-29 19:58
 底知れぬ豊富な運動量。左右両足から繰り出される正確なキックと高精度のミドルシュート。中盤ならどのポジションでもこなし、攻守ともに抜群の存在感を発揮する、セルビア・モンテネグロのキャプテン―――デヤン・スタンコヴィッチ。ドラガン・ストイコヴィッチ引退後の背番号10である。

 レッドスター在籍時には16歳でチャンピオンズリーグ出場を経験。「早熟の天才」と呼ばれた少年はラツィオ、インテルといったビッグクラブで経験を積み、いつしか国を代表するフットボーラーになった。
 ワールドカップデビューは1998年のフランス大会。19歳の若さで3試合に出場した。しかし、ユーゴスラビア代表として臨んだ最後のワールドカップ予選、2002年日韓大会は欧州予選で敗退してしまう。
 リベンジを果たすべく臨んだドイツワールドカップ欧州予選では、ベルギー、スペインの強豪と同じ組になりながらも、6勝4分けの成績で1位突破を決めた。失点はアウェイのスペイン戦で喫した1点だけという、盤石の戦いぶりである。
 スタンコヴィッチは4-4-2のセントラルMFとして10試合中9試合に出場。欠場した1試合は故障によるもので、ケガさえなければフル出場を遂げて当然の戦力だった。

 今年6月、セルビア・モンテネグロがドイツの地で戦うのは、アルゼンチン、オランダ、コートジボワール。厳しいグループに入ったが、スタンコヴィッチはなんら気にしてはいない。むしろ、対戦を楽しみにしている。なかでも、サネッティ、カンビアッソ、サムエルなどインテルのチームメイトが多いアルゼンチン戦は、特別な感情を持って挑むことになるだろう。スタンコヴィッチは「もちろん、監督に彼らの特徴を教えるつもりだ」と話し、チームメイトとの対戦を歓迎している。
 グループCはアルゼンチン、オランダの勝ち抜けで堅いというのがおおかたの予想である。そんななか、もし番狂わせが起きたなら、その中心にいるのはこの男であることは間違いない。
 ドイツワールドカップは旧ユーゴ時代から数えて2大会ぶり、セルビア・モンテネグロと名前を変えてから初めてのワールドカップになる。国として名をあげるため、スタンコヴィッチの熱きチャレンジが始まる。
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by dirrrrre | 2006-05-29 19:57